ヨシオクボにゆかりのあるクリエイターや、様々な分野のオピニオンリーダーらと、デザイナーの久保嘉男が対談を行っている「FRIENDS」。今回は、日本を代表するITジャーナリストで、近年はファッションの分野とも接点を持つ林信行氏を迎え、「テクノロジー×ファッション」をテーマに話を伺う。後編では、ファッションとテクノロジーの関係性をテーマに、これからのファッションの可能性について意見を交わし合った。
ファッション分野でも注目される有機EL
久保:3Dプリンタ以外では、どんな技術がファッションに応用できそうですか?
林:今年は、有機ELという素材も注目されています。要は、LED電球のようなものを折り曲げて使える技術で、IT業界では電子書籍などの分野での活用が見込まれています。実は、ファッションの分野でも、有機ELを使ったTシャツなどがつくられているんですよ。例えば、ボディにWi-Fiの受信状況を示す絵がプリントされていて、実際に近くのWi-Fiをキャッチするとその部分が光るというTシャツなどがあって、これの音量メーターバージョンなんかも出ています(笑)。
久保:ただ、洋服の場合、しなやかさや着心地という要素も非常に大切になりますよね。テクノロジーが見え過ぎてしまうとファッションとしてはどうなのかというところもあって、そのバランスをどう取っていくのかというのが課題ですよね。
林:そうですね。テクノロジー業界の人間は、どうしても機能性から物事を発想しがちなんですね。アニメーションスタジオ「ピクサー」のジョン・ラセター氏の座右の銘があって、僕はそれが大好きなんです。「アートがテクノロジーに挑戦し、テクノロジーがアートにインスピレーションを与える」という言葉なんですが、どんな分野においても、両者が高めて合っていくことが非常に大切だし、それが健全な発展なのだと思います。まさにいまは、クリエイターとテクノロジストがブレストしていくことが大事な時期で、ニューヨークなどでは一昨年前くらいから、「ファッションハッカソン」というイベントが始まっています。「ハッカソン」というのは簡単に言うとブレスト大会で、みんなでアイデアを出し合い、その中で人気があったものを実際にチームでつくり、成果を発表します。日本でもハースト婦人画報社が主催し、グーグルやファッションアプリを開発しているヴァシリーなどの企業が協力し、初のファッションハッカソンが昨年開催されました。
テクノロジーが変える販売の未来
久保:そこではどんなアイデアが出たんですか?
林:優勝したのは、撮影した写真の色や、画像・商品タグからファッションアイテムを提案してくれるアプリでした。また、賞は取れませんでしたが、僕が好きだったのは、iPadを入れるポケットが付いているバッグで、そこにiPadを入れてアプリを起動させて歩き始めると、自分の動きに合わせて犬が歩いている映像がバッグから透けて見えるというものです。よくiPhoneを入れたシャツの胸のポケットが光っている男性を見かけますが、それを逆手に取った面白いアイデアだと感じました。
チーム「メーカーズ女子る」がファッションハッカソンでプレゼンしたバッグ「carry-on, carry-off」。
久保:最近はEコマースもかなり浸透していますが、将来はみんなお店で洋服を買わなくなるんですかね?
林:実店舗とECがどんどん結びついていくのだと思います。例えば、店舗に行くと自分の寸法データをお店が持っていて、欲しい服を選ぶとピッタリのサイズがすぐに出てきたり、iPadなどで簡単にコーディネートを全方向からチェックできるようになってくるかもしれません。デジタルファッションという会社の代表を務める森田修史さんは、一人ひとりにピッタリのサイズの洋服がつくられることがファッションの本来あるべき姿だという考えのもと、「デジタルフィッティング(仮想試着)」の規格策定のために動いています。例えば、僕なんかはタイトな服はお直ししないと着られないんですが、そうするとプリントの位置がズレたりしてカッコ悪くなることもあるじゃないですか。それが、「デジタルフィッティング」の技術を使うことで、自分の体型に合わせてプリントの位置なども調整できるようになるんです。
久保:そうなってくると、ファッションデザイナーの仕事がなくなりかねないですね(笑)。
林:今後さらに技術が進化すると、表示された何通りものコーディネートの中から好きなものを選んでいくことでデータが蓄積され、自分に合った洋服やコーディネートが簡単に見つかるような仕組みなども色々出てくると思います。そうなった時にデザイナーには、そうしたビッグデータ的な方向性とはまったく異なる発想を提案していくことが求められてくるのかもしれないですね。
デジタルファッション社の技術を用いて行った家具メーカーの展示会。
iPadを操ると、ソファに投影されたファブリックのデザインが瞬時に変わる。
テクノロジーの向かう先
久保:10年くらい前は、「ネットで洋服なんて買えない」とみんなが言っていたのに、いまは大きく状況が変わっていますよね。そう考えると、さらに10年先にはどうなっているんだろうと思いますよね。
林:かつてコンピュータが、部屋を埋め尽くしてしまうほど巨大なものだった時代に、これからは一人一台パソコンを持つ時代だと言ったアラン・ケイという人がいます。彼は、未来を予測する最良の方法は、自分でそれを発明することだと言っているんですね。未来というのは結局、色んな人たちの意見や夢の総和でしかないんです。だから、自分が思い描いている未来がある人は、どんどん発信していった方が良いし、それが未来の細胞として組み込まれていくのだと思います。
久保:「こんなことはできないだろう」なんていうのは、もう禁句ですね(笑)。自分の意見やアイデアにどれだけオリジナリティがあるのかということが、これからはより大事になっていきそうな気がします。
林:僕はITジャーナリストですが、テクノロジーが少し嫌いなところもあるんです。一方で、ファッションやアート、グラフィックデザイン、食など色々なものが好きなんですが、人のユニークネスを決めるのは、自分の中にどれだけ掛け合わせを持っているかということだと思うんです。いまの日本は、規格化されたような同じことばかりを教育されていて、要は取り替え可能なパーツ的な人間しかつくっていないんです。でも、本当に大事なことは、いかに他の人とは違う趣味や軸を持っているかということなんじゃないかと。
久保:今日の林さんの話の中には、初めて耳にするような言葉も多く、とても刺激を受けました。先日、テレビを見ていたら、やがてコンピュータが人間を凌駕する時代が来るという話がされていましたが、今後テクノロジーはどこに向かっていくと思いますか?
林:いま久保さんがおっしゃったことは「シンギュラリティ」と呼ばれていて、あと数年で訪れると考えられています。DNA操作などもやろうと思えば一般の人ができる時代になりつつあるように、使い方を過ってしまうと危険なテクノロジーはすでにたくさんあります。だからこそ、自分たちの未来はこうあるべきだということをしっかり考え、後世の人たちに伝えていくということが、曲がり角にあるこの時代に生きる自分たちの役割なのだと思います。
Nobuyuki Hayashi Blog: http://nobi.com/
The End