ヨシオクボにゆかりのあるクリエイターや、様々な分野のオピニオンリーダーらと、デザイナーの久保嘉男が対談を行っている「FRIENDS」。今回は、日本を代表するITジャーナリストで、近年はファッションの分野とも接点を持つ林信行氏を迎え、「テクノロジー×ファッション」をテーマに話を伺う。前編では、ラスベガスで開催されたエレクトロニクス製品の展示会「CES(Consumer Electronics Show)」を取材した林氏に、3Dプリンターを用いた最新の事例などについて紹介してもらった。
魔法使いが未来をつくる
久保:僕はもともと最先端のテクノロジーには非常に興味があるんですね。ただ、ITについて詳しいわけではないので、今日はファッションの分野を中心に、テクノロジーを使った最新の事例を、林さんに色々伺えればと思っています。
林:僕が仕事をしているテクノロジー関係の世界では、何か新しいものが出てくると、「タブレットが凄い」「3Dプリンタが凄い」と騒がれるんですが、結局それを既存の道具や技術と同じように使ってしまいがちなんですね。例えば、iPadをキーボードをつないで、Excelで作業したりするけど、それだけならノートPCと変わらないですよね。逆に、これまでPCを使っていなかった漁師さんなんかが、iPadのGPS機能を活かして、船の上で漁の記録を取ったりしていて、はるかにまっとうな使い方をしている。どちらかというと、ITから離れている人たちの方が新しい道具を革命的に使っているケースが多く、逆にテクノロジーに詳しい人ほど、既存の発想にしばられがちなんです。
久保:それはあるかもしれないですね。僕は、服作りに先端のテクノロジーを用いるとしても、おそらくそれを全面に押し出すことはせず、あえて逆手に取るようなアプローチを取るタイプなんです(笑)。とはいえ、ファッションの分野はテクノロジーに関しては時代遅れで、これから確実に広がってくるとわかっていながら、なかなか手が出せていないというのが現状だと思います。
林:特に日本は、産業にしても、教育にしても、各分野がタコツボ化している気がします。でも、本来はファッションにもテクノロジーにもそれぞれ興味を持っている人が多いはずだし、それらが全部つながっていくことがとても大事で、ミツバチのように色んな業界をまたいで花粉をまいていくような触媒的な役割を果たすことが自分の仕事だと考えています。テクノロジーを使う上で一番大切なことは、いかに子どものような発想を持てるかということなんですね。これまでの技術では実現できなかったことに対して、もっとこういう世界が作れないだろうかと想像していくことが必要なのだと思います。
久保:ファッションの世界に関しても、これから洋服でどんなことができるのかというイメージを常に持っておくことが、新しいクリエーションにつながっていくということですよね。
林:そう思います。もし魔法があったらどんな世界をつくりたいかと考えてみることが、発想を最も自由にしてくれます。例えば、慶応大学の稲見昌彦先生という方は、身にまとうと、カメラで撮影されたその人の後ろ側の風景が映し出され、まるで透明になったかのように見えるマントをつくっているんですが、講演などに魔法使いの格好で出てきてくる面白い先生で、彼も魔法というキーワードをよく用います。「魔法」というのは、目の前にある今のテクノロジーの制約にしばられずに、ちゃんとテクノロジーを使いこなす上で重要なキーワードだと思っています。
3Dプリンタ×ファッション
久保:先日、林さんがFashionsnap.comに書かれていた記事を読んだのですが、すでに3Dプリンタで洋服などもつくられているようですね。洋服くらいのサイズのものが出力できて、さらに色も付けられるんだと驚きました。
林:すでに3Dプリンタは、かなり大きなサイズのものを出力できるようになっていますよ。3Dプリンタというのは、インクジェットプリンタで印刷したものを積み上げていくようなものなので、素材の量と種類に応じて、出力の時間とコストが変わってきます。3Dプリンタの凄いところは、内側と外側の構造を同時につくれることなんですね。わかりやすく言うと、マトリョーシカを中に人形が入っている状態で一度に出力できてしまうんです。そのことがファッションの分野でどのように活かせるかはわかりませんが、人間の手が入れられなかった部分の構造まで同時につくれてしまうというのは、これまでのものづくりではできなかったことですよね。
ラスベガスで開催された「CES(Consumer Electronics Show)」で
展示されていた3Dプリンタを用いて作られたファッションアイテム。
久保:僕らの服づくりでは、3Dプリンタによって、ボタンやファスナーなどの付属のサンプルがすぐに出せるようになりました。昔は、イメージしたデザインを形にするには抜き型が必要で、そこに鉄を流し、固めたものを研磨していくという流れでしたが、いまは3Dプリンタで出力できるからとても早いし、コストも安くなりました。ただ、現状だと材質がプラスティックになってしまうので、あくまでもサンプルにしかならないんですが。
林:3Dプリンタを使って、「モノ」ではなく「型」の方をつくってしまうという方法もありますよ。僕の友人の科学者で、3Dプリンタで臓器の模型をつくっている人がいるんですが、彼は素材にも非常にこだわっているんです。模型そのものをプリンタで出力するのではなく、一度型をつくり、そこにヤマト糊のような技術を活用して、ウェットでリアルな臓器をつくっています(笑)。これは、バイオテクスチャ・プリンティングと言われていて、いま世界的に注目を集めている技術なんです。
久保:日本にもそんな挑戦的、かつクリエイティブな人がいるんですね(笑)。ファッションの世界で3Dプリンタを使うとしたら、他にどんな可能性があるんでしょうね。
林:いまはまさに試行錯誤の段階で、3Dプリンタメーカーなどもファッションデザイナーに新しい可能性を発掘してもらうため、声をかけ始めています。現在の3Dプリンタの素材は樹脂が中心ですが、それだと鎧のような洋服しかつくれないんですね。その中でマサチューセッツ工科大学の学生が考えたのは、微妙にサイズの異なる三角形の樹脂パーツを出力し、それらを連結させることで、身体のシルエットに沿わせたドレスなどがつくられています。こうした技術を使って、プロのファッションデザイナーが洋服をつくるというのも面白いかもしれません。
Nobuyuki Hayashi Blog: http://nobi.com/
マサチューセッツ工科大学発のユニット「Nervous System」による技術「Kinematics」を用いて制作されたドレス。